ARC Raiders は、2025年10月の発売からわずか半年余りで累計売上1600万本という金字塔を打ち立てた。この数字だけでも驚異的だが、真に注目すべきは、この広大なオープンワールドを支える3Dコンテンツが、わずか20名足らずのチームによって制作されたという事実である。ネクソンが開催したNDC26のセッションにおいて、開発元であるEmbark Studiosは、その魔法の正体である「ツール戦略」の全貌を公開した。これは単なる効率化の追求ではなく、アーティストの創造性を最大化させるための、ゲーム開発におけるパラダイムシフトと言えるだろう。
▲ 公式カバーアート (提供: IGDB)
| 開発スタジオ | Embark Studios(スウェーデン) |
| リリース日 | 2025年10月 |
| 累計売上本数 | 約1600万本(2026年6月時点) |
| 主要3D制作人数 | 約20名 |
| 中核技術 | Houdini / Blender / Unreal Engine / USD |
ARC Raiders が示したAAA開発の新たな定義
現代のAAAタイトル開発は、数百人、時には千人規模のスタッフを投入し、膨大なコストをかけるのが一般的だ。しかし、ARC Raiders はその常識を根底から覆した。ローンチ時点でのワールド制作チームはわずか15名。その後、ライブサービス運営のために増員されたものの、キャラクター制作を含めても約20名という極めて少人数の精鋭で、フォトリアルかつ広大な世界を維持している。この「少人数での巨大プロジェクト遂行」こそが、Embark Studiosが当初から掲げていた実験的な挑戦であり、現在の商業的成功によってその正当性が証明された形だ。
この驚異的な生産性を可能にしたのは、アーティストがプログラミングの助けを借りずに自らツールを構築できる環境だ。セッションに登壇したMichael Andersson氏は、アーティストが最も使いやすいツールはアーティスト自身が作るべきだという信念を語った。彼らはHoudiniをツール構築のハブとして活用し、複雑な処理を自動化することで、クリエイティブな意思決定に専念できる時間を捻出しているのである。
アーティスト自身がツールを創り出すワークフローの全容
Embark Studiosのワークフローにおいて、BlenderとHoudini、そしてUnreal Engineの連携は非常に緊密だ。特に興味深いのは、従来の「アートディレクターがコンセプトを描き、アーティストがそれを再現する」という伝言ゲームのような工程を廃止した点にある。ARC Raiders では、アートディレクター自身がBlenderで直接3Dコンセプトを構築し、それをそのまま最終アセットへ変換できる仕組みを整えた。実演では、1時間のコンセプト作業からわずか5時間で完成アセットへと移行するスピード感が示され、制作のボトルネックがどこにあるかを明確に突き止めていることが伺える。
また、ランドスケープ制作においても独自の「Embark LiDAR Library」を活用している。これはGoogle Earthのような直感的な操作で、実世界の地形データを高解像度で取得し、即座にUnreal Engineへ書き出せるシステムだ。実在の地形が持つ自然なリアリズムをベースにすることで、ゼロから地形を作る手間を省き、アーティストはそこに「ゲームとしての面白さ」を加える作業に集中できるのである。
▲ 公式アートワーク (提供: IGDB)
現実世界をスキャンしデータ化する自動化の威力
自然環境の構築においても、フォトグラメトリ技術と自動化の融合が光る。彼らは遠征で12万枚もの写真を撮影し、そこから岩や植物のアセットを生成しているが、通常なら膨大な時間を要するリメッシュやUV展開、テクスチャの焼き込みといった工程を「Scan to Asset」ツールによって完全自動化している。ボタン一つで100万ポリゴンのデータが、ゲーム内で最適に動作する1万ポリゴン程度のアセットに変換される。こうした泥臭い作業の排除が、ARC Raiders の密度高い世界を少人数で維持し続ける鍵となっている。
USD導入によるボトルネックの解消とキャラクター制作の革新
キャラクター制作の分野では、Pixarが開発したオープンソースフォーマット「USD(Universal Scene Description)」を中核に据えたパイプラインが導入されている。Dalberg氏によれば、USDの最大の利点はデータを「レイヤー」として保持できる点にある。これにより、キャラクターの帽子や服、本体のデータを独立して扱いながら、変更をリアルタイムに統合できる。従来の、一つのファイルに全てのデータを詰め込む形式では不可能だった「並行作業」と「非破壊的な変更」が可能になったのだ。
さらに、Unreal Engine内でのマテリアル設定も完全にプロシージャル化されている。アーティストはメッシュの質感や色のマスクを描くだけで、あとはテンプレート化された塗装金属や使い込まれた革などの質感をレイヤーとして重ねることができる。メッシュの形状が更新されても、テクスチャをやり直す必要はない。この柔軟性があるからこそ、アートディレクターやコンセプトアーティストが最終段階で自ら微調整を行うことができ、ARC Raiders 特有の研ぎ澄まされたビジュアル美が保たれているのである。
ARC Raiders が突きつけるゲーム産業への挑戦状
本作の成功は、もはや開発規模の大きさがクオリティの保証ではないことを示している。Embark Studiosが示したのは、技術をアーティストの「筆」として最適化し、不必要なルーチンワークを徹底的に排除した先にある、純粋な創造性の発揮だ。これは、肥大化し続けるAAA開発のコスト問題に対する一つの究極的な解答であり、今後の中規模スタジオが市場で生き残るためのバイブルとなるだろう。ツールへの初期投資を厭わない決断こそが、1600万本という結果を導いた真の要因である。
最終コンパス指数: 9.5 / 10