ゼンレスゾーンゼロは、これまでのHoYoverse作品が築き上げてきた壮大なオーケストラという様式美を自ら破壊し、全く新しい聴覚体験を提供することでゲーム業界に衝撃を与えている。新エリドゥの街並みに流れるローファイなチルサウンドから、ホロウ内部で鳴り響く攻撃的なEDMまで、その音楽性は単なるBGMの枠を超え、作品の心臓部として機能している。本作のサウンドを牽引するSān-Z StudioのYang Wutao氏へのインタビューを通じて、その独創的な音響体験の裏側に迫る。
▲ 公式カバーアート (提供: IGDB)
| タイトル | ゼンレスゾーンゼロ |
| 開発・運営 | HoYoverse |
| サウンド制作 | Sān-Z Studio |
| 音楽プロデューサー | Yang Wutao (楊武韜) |
| 対応プラットフォーム | PlayStation 5, Xbox Series X/S, PC, iOS, Android |
| サウンドトラック発売 | 2026年4月29日 (アナログ盤) |
ゼンレスゾーンゼロの心臓部:Sān-Z Studioが描く音楽的ビジョン
Yang Wutao氏率いるSān-Z Studioの哲学は、驚くほどシンプルだ。それは「トレンドを追うのではなく、生の感情を優先する」という姿勢である。一般的にキャラクターソングやEPを制作する際、マーケティング的な観点から「今の流行」をジャンルとして選択しがちだが、同スタジオはそのプロセスを一切排除している。キャラクターが何を感じ、何を伝えたいのかという一点から、必然的にジャンルが導き出されるのだという。
例えば、柳(ヤナギ)のEPでは、彼女が仕事帰りの静かな時間に何を考えているのかという、設定資料には書かれていない「一人の人間としての孤独な時間」を音で表現することに注力している。また、タフな外見を持つシーザーが実は魚座であり、内面に繊細さを秘めているという側面を音楽に落とし込むなど、プレイヤーがキャラクターに対して抱く多面的な共感を音によって補完しているのだ。こうしたアプローチが、ゼンレスゾーンゼロの各エージェントに唯一無二の生命力を吹き込んでいる。
クラブカルチャーとエネルギーの融合
本作のサウンドにおけるもう一つの柱は、クラブカルチャーとの密接な関わりである。TiëstoとのコラボレーションやCreamfieldsなどの大型音楽フェスティバルへの参加は、単なるプロモーションではない。Yang氏は、電子音楽(EDM)が本作に適合する理由として、その「言葉を必要としない直感的なエネルギー」を挙げている。ループとサウンドデザインによって構築される高揚感は、スタイリッシュなアクションが展開される本作のゲーム体験そのものを体現していると言えるだろう。
▲ 公式アートワーク (提供: IGDB)
「レトロ・フューチャー」としての音響制作とアナログの質感
ゼンレスゾーンゼロの世界観を象徴する「ビデオテープ」「ブラウン管モニター」「レコード」といったアナログな意匠は、音楽制作の技法にも大きな影響を与えている。Yang氏によれば、これらは単なる視覚的なシンボルではなく、制作チームにとっての「感情のトリガー」として機能しているという。90年代アニメの質感や、ジャズ、ボサノバ、ローファイ・ヒップホップといった多層的なレトロの定義が、新エリドゥの音響空間を豊かにしている。
特筆すべきは、2026年4月29日にLaced Recordsより発売されたアナログレコード(ビニール盤)へのこだわりだ。デジタル配信が主流の現代において、あえて物理的なレコードとしてリリースすることは、音楽を「空中に漂う抽象的なもの」から「棚に並べ、10年後も当時の感情を思い出すための依代」へと変える試みである。ゲーム内のレコードショップ「吟遊針」が単なる機能施設ではなく、キャラクターの成長と密接に関わる場として描かれている点も、音楽を文化として重んじる制作陣の意思表示と言えるだろう。
職人集団による「生きた」バトルテーマの構築
戦闘曲においても、Sān-Z Studioは独自の制作フローを貫いている。初期段階ではYang氏が一人で多岐にわたるジャンルをカバーしていたが、チームが拡大した現在では、各作曲家の「個性」をあえて消さないようにしているという。Hugo氏が手掛けるロックやメタル調のトラックのように、電子音楽という枠組みを超えてもなお作品としての統一感が保たれているのは、制作陣が「新エリドゥの住人」として同じ価値観を共有しているからだ。理論的な一貫性よりも、個々のアーティストが持ち込む「生きた音」が、バトルの緊張感と興奮を加速させている。
ゼンレスゾーンゼロが証明した「文脈」としてのサウンドデザイン
本作の音楽が突出している理由は、それが単なる装飾ではなく「都市文化のインフラ」として設計されている点にある。Yang Wutao氏の語る『ジャンルよりも感情が先に来る』という言葉は、キャラクターIPの本質を突いたものだ。プレイヤーは音楽を通じて、エージェントの語られない内面を補完し、仮想都市での生活をリアリティある体験として享受している。アナログ盤のリリースを含め、これほどまでに音楽を「実体のある文化」として扱った作品は、現代のライブサービスゲームにおいて極めて稀有な成功例であると言える。
最終コンパス指数: 9.5 / 10